盛岡地方裁判所 昭和40年(ワ)38号 判決 1968年12月26日
原告 北日本鉱業株式会社
被告 国 外一名
訴訟代理人 光広龍夫 外八名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、争いのない事実
訴外鈴木トシは、昭和三六年七月一八日試掘権設定申請をなし、昭和三七年三月五日その設定登録を受け、同年四月二八日右鉱区の増加および減少を内容とする試掘権変更登録の申請をなし、同年九月二六日その許可登録を受けて本件鉱業権を有していたこと、昭和三六年一二月一日建設局と葛巻財産区代表者葛巻町長遠藤喜兵衛との間で、鈴木トシが本件鉱業権設定申請中の土地の一部を含む本件原石山において、建設省起業一級国道四号線改良工事に使用する骨材用原石の採掘を目的とする採石料無償の本件土地使用貸借契約を締結したこと、建設局は右契約に基づき訴外株式会社佐川組に請負わせて昭和三七年四月一六日から同年一二月二〇日までの間に本件原石山から法定鉱物たるけい石六万九〇〇〇トンを採掘し、これを本件砕石プラントに運搬、砕石のうえ前記改良工事に使用してきたが、採掘したけい石のうち二万八〇一三トンは、未使用のまま現存すること、以上の事実は当事者に争いがない。
二、被告国の損害賠償責任について
(一) 本件原石山から採掘したけい石六万九〇〇〇トンのうち少くとも五万五〇三八トンは本件鉱区から採掘したものであることは、被告等の自認するところであるから、建設局は鈴木トシの本件鉱業権の目的たる鉱物を掘採することにより本件鉱業権を侵害したことになるといわなければならない(本件鉱区内から採掘した数量が被告等の自認する数量を越えるか否かの点の判断は省略する)。
(二) そこで、右侵害行為につき建設局に故意過失があるか否かの点について判断する。
建設局と葛巻町長との間に締結された本件土地使用貸借契約は、仙台通商産業局長が、鈴木トシから昭和三六年七月一八日本件鉱業権設定登録の申請があつたので、同年一〇月四日葛巻町長に対し、鉱業権設定につき公益上支障がないか否かの照会をなしたところ、同年一一月九日葛巻町長から鉱業権設定につき支障はない旨の回答がなされた後に締結されたものであることは、当事者間に争いがない。したがつて葛巻町長としては近い将来本件鉱業権が設定されることを予測していたものということができる。しかし、葛巻町長が建設局に対し右照会及び回答の事実を告知したということを認めるにたりる証拠はなく、その他、建設局が近い将来本件鉱業権の設定されることを予測していながら本件土地使用貸借契約を締結し、本件原石山において採掘を開始するに至つたものであるとの事実を認めるにたりる証拠はない。また、原告が昭和三八年三月一六日佐川組に対し、本件原石山における採掘の中止を申入れる<証拠省略>まで、建設局が本件鉱業権が設定されたことおよび採掘にかかる原石が法定鉱物たるけい石であることを知つていたことはこれを認めるにたりる証拠はない。
(三) そこで、右の認識を有しなかつたことに過失があるか否かの点について判断する。
建設局が本件原石山において採掘を開始するに至つた経緯は、<証拠省略>を総合すると、次のように認められる。
建設局は、一級国道四号線改良工事を施行するにあたり右工事に使用する骨材用原石を必要としたため、昭和三五年夏ごろから原石山の探索を始めたが、同年一〇月ごろに至つて本件原石山付近を適地と判断し、同年一一月初めごろ葛巻町から現地立入調査の許可を得て現地の測量をし、その上で、同年一二月二八日文書をもつて葛巻町長に対し岩石採取の申入をしたところ、昭和三六年一月七日葛巻財産区管理会において右申入を承諾することにつき原則的に同意する旨の決議がなされた。建設局は、同年二月初めから同年八月末にかけて数度、本件原石山において発破、試錐ボーリング、横穴の掘さく等により本格的な調査を行い、また同年六月ごろから訴外株式会社佐川組に請負わせて原石運搬用貨物自動車通行路として使用する既存道路の改修工事を行なうとともに本件砕石プラントを設置し、更に、同年八月末から一〇月初めにかけて二度にわたり借地のための測量を実施して、同年一二月一日本件土地使用貸借契約を締結し、同月一〇日採掘を開始するに至つたものである(建設局は、同日から昭和三七年四月一五日まで四〇〇〇トン採掘しているので、本件原石山において採掘したけい石の総量は七万三〇〇〇トンとなる)。
以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすにたりる証拠はない。右の事実によれば、建設局は、本件鉱業権設定登録(昭和三七年三月五日)以前から本件原石山において調査並びに採掘を開始したものであるから、右のような場合は、鉱業権設定申請がなされていることを知つていたとかその予見が可能であつたなどの特段の事情がない限り、採掘開始後その継続中、鉱業権が設定され、鉱業権侵害の結果が生じたとしても、それについて過失の責を負わないものというべきである。しかるに、建設局が本件鉱業権設定登録の申請がなされたことを知らなかつたことは前記のとおりであり、また、建設局が、本件原石山において採掘するに至つた前記経緯に照らし、右申請ないし登録につき予見を期待することは困難であつたといわなければならず、他に右特段の事情についてはその主張、立証がない。もつとも、前記採掘に至る経緯に照らし、採掘にかかる原石が法定鉱物たるけい石であることは建設局において予見可能であつたといわなければならず、法定鉱物たるけい石であることの予見可能な場合には、鉱業権侵害の結果についても予見可能であるというべきであるから、鉱業権侵害の結果発生を防止するため、採掘を開始するに先立ち鉱業権設定登録がなされているか否かを調査すべき義務を負うものと解するのが相当であり、右義務の懈怠があつた場合は鉱業権侵害について過失があるといわなければならないが、本件においては採掘開始当時、未だ鉱業権設定登録がなされていないことは前記のとおりであるから、本件鉱業権侵害の結果が右義務の懈怠に基因するということはできない。
以上のように、建設局に過失があるとは認められない。
(四) してみると、その余の事実について判断するまでもなく建設局について過失がない以上、本件鉱業権侵害について被告国が損害賠償責任を負う理由がないから原告の被告国に対する請求は失当である。
三、被告葛巻町の損害賠償責任について
(一) 原告は、本件原石山が被告葛巻町所有であることを前提として、町長遠藤喜兵衛が、町代表者として葛巻財産区に対し本件土地使用貸借契約を締結することに黙示の承諾を与え、建設局による本件鉱区内からのけい石採掘を助長し容易ならしめて本件鉱業権を侵害したと主張するけれども、<証拠省略>によれば、本件原石山は、もと葛巻町所有であつたところ、昭和三〇年七月一五日町村合併によつて葛巻財産区が発足した際に、同財産区の所有となつたものであつて、登記簿上葛巻町所有のままとなつたものであつて、登記簿上葛巻町所有のままとなつているにすぎないことが認められるから、本件原石山が被告葛巻町であるとの原告の主張は失当である。
本件原石山は葛巻財産区の所有であり、本件土地使用貸借契約は葛巻町長が葛巻財産区の執行機関として締結したものである。財産区は固有の執行機関を有せず、財産区の存在する市町村の長が当然に財産区の執行機関之なるものであるから、葛巻町長は、町長として当然に葛巻財産区の執行機関となる地位に立つものである。財産区は法人格を与えられているけれども、もともとは市町村の一部であり、原則として個有の機関を持たないものであつて、市町村と財産区との関係は、他の市町村間の関係とは趣きを異にする。対外的関係においても、財産区は、他の市町村同士のように、市町村と截然別個の存在として登場するのではない。以上のような財産区の実体を前提として考察するときは、「法人は代表機関がその職務を行うにつき他人に加えた損害を賠償する責に任ずる」のであるが、右にいう「その職務」とは、市町村の場合について言えば、当該市町村の職務のみならず当該財産区の職務も含まれるものと解するのが相当である。すなわち、葛巻町は葛巻町長が葛巻財産区の執行機関としての職務を行うにつき他人に加えた損害を賠償する責に任ずべきものである。
(二) よつて進んで葛巻町長の過失の有無について判断するに、葛巻町長が、仙台通商産業局長からけい石鉱区設定について公益上支障がないか否かの照会を受けて、本件原石山に近い将来本件鉱業権が設定されることを知つていながら、本件土地使用貸借契約を締結したことは前記のとおりであるから、仮りに葛巻町長が、建設局によつて採掘される原石が法定鉱物たるけい石であることを知らなかつたとしても、鉱業権侵害の結果を予見することができたものといわねばならないから、葛巻町長は、建設局の本件鉱区内からのけい石採掘による本件鉱業権侵害について過失があるものといわなければならない。
(三) ところで<証拠省略>と、建設局が本件原石山において採掘するに至つた経緯としてすでに認定した事実を総合すると、次のように認められる。
昭和三六年七月ごろ、当時岩手県工業指導所資源部長であつた訴外橘正衛は、その職務上、建設局が本件原石山付近において道路工事用骨材原石を採掘する動きがあることを察知し、その職責である未利用資源の開発という名目で、部下の訴外横屋正男を伴ない本件原石山周辺の調査に出かけたが、その際、本件原石山付近の道路沿いにけい石の露出があることを発見するとともに、発破、試錐ボーリング、横穴の掘さくなどの建設局による調査跡や、本件原石山付近道路の改修工事が進められていることを目撃して、建設局が本件原石山で採掘することを確認し、本件原石山付近からけい石を持ち帰つて横屋正男にその分析を命じたが、その結果を待たないで、鈴木トシに依頼して鉱業権者として同人名義を用いることの承諾を得(鈴木トシは橘に対し本件鉱業権に関し包括的代理権を与えた)、同年七月一六日鈴木トシ名義の本件鉱業権の設定申請手続をした。
橘は、昭和三七年三月五日に本件鉱業権の設定登録がなされた後の同年四月二〇日ごろ、再び横屋正男を伴なつて本件原石山に出かけ、建設局が佐川組に請負わせて本件原石山でけい石を採掘し、これを本件砕石プラントに運搬のうえ砕石していることを現認したが、その際、採掘現場が先に設定した鉱区外(増区)に及んでいることを知つて、同月二八日、右鉱区外の採掘現場を包摂するように先の鉱区を増加し、採掘現場と縁遠い部分の鉱区を減少する内容の鉱区変更申請をなし、同年九月二六日その許可登録を受けた。
他方、橘は昭和三七年春頃佐藤忍(原告会社のもと代表取締役)に対し本件鉱区売買の話をもちかけ、佐藤忍はこれを買い受けることとして売買の話がまとまつた。同人は昭和三七年五月二三日原告会社を設立し、自ら代表取締役に就任した。しかる後、佐藤忍は、同年一一月一日橘と共に本件原石山に赴き、佐川組が建設局から請負つて採掘、砕石の作業を行つていることを現認したが、同年一二月二日付で本件鉱業権の売買契約に関する証書を作成し、同年一二月二七日鈴木トシと原告を共同鉱業権者とする登録を受けた。右売買契約においては、損害賠償請求権等一切が譲渡された。そして、原告は、昭和三八年三月一六日に至り佐川組に対し、同年四月二日に至り建設局に対し、採掘ならびに砕石の中止を申し入れ、本件鉱業権侵害を理由に損害賠償を請求するに至つたのであるが、右中止申入れ以前においては、鈴木トシ(その代理人橘正衛)も、原告会社も、建設局の作業を知りながらこれに対し採掘中止の申入れなど全然していない。
なお原告会社は、設立当初から休業状態にあり、従業員は秘書一人しかおらず、本店は佐藤忍の自宅であり、営業上の施設は全くなく、会社の行為としては、本件鉱業種の譲渡及び本訴提起以外全然なされておらず、会社とは名ばかりで何ら実体をそなえていないものである。
以上の事実を認めることができ、<証拠省略>のうち右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。
以上の事実によれば、橘は、本件鉱業権侵害の結果を予測して、あえて本件鉱業権を設定し、本件鉱区の増減を図つたものであり、また、同人は、建設局が、本件鉱業権設定登録前から採掘を始めたため本件鉱業権設定の事実を知らないで採掘を続行していることを知りながら、一言、鉱業権設定の事実を告知することによつて容易に鉱業権侵害の結果を防止し得たのに、右事実を告知する等何らの措置をとることなく放置していたのであるから、本件鉱業権侵害の結果は、鉱業権者鈴木トシがその代理人橘によつて自ら招いた結果といわなければならない。のみならず、前記認定の事実に照らすと、橘は建設局によるけい石の採掘やその使用を容認していたものであるか、さもなければ、建設局の作業を不当に自己の利益に利用する意図をもつてこれを差し止めずに放置したものといわざるをえない。加えて本件鉱業権設定後、鉱業権者において施業案の提出等試掘に着手するための準備をした形跡は全然認められず、また鈴木トシは単なる名義人にすぎず、原告会社も前記認定のように何ら実体のない名目だけの会社である。すなわち、本件鉱業権の権利者の行為としては、本件損害賠償請求のほか何ものも存しない。これらの点と、前に認定した諸般の事情を考慮すると、本件鉱業権の侵害を理由として損害賠償請求権を行使することは、著しく信義に反し、適正な権利の行使として到底認容することができない。
してみると、原告の被告葛巻町に対する請求もまた失当として排斥を免かれない。
四、よつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石川良雄 田辺康次 佐々木寅男)
目録<省略>